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また、中高生の間などでやりとりされる何万通ものメールもまた内容は空虚なものです。彼らにとってはコミュニケーションの内容そのものより、コミュニケーションが「ある」という事実そのものが重要で、それによって接続されている安心感を得ているのだ、という話です。
このように、内容が無効化され、存在そのものに意味の比重が置かれるようになったコミュニケーション形式、要は「わたしはここにいるよ」の伝達だけが目的になった状態を北田さんは「繋がりの社会性」と呼びました。